次回のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」の舞台は1959年になります。
そこで、すべてを失った敗戦以来、悲願の招致のために全力を尽くしてきた田畑政治(阿部サダヲ)が自分の「オリンピック噺ばなし」を語ります。
その話は、戦後の食糧不足の中、浜松で天才・古橋廣之進(北島康介)を見いだすところから始まるのでした。
10月27日放送予定の「いだてん」第40回「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に、戦後日本のヒーローが登場します。
https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1187277586570891266
戦後「世界記録」を連発する古橋
第二次世界大戦のため、結局1940年と1944年のそれぞれの年で開催予定の第12回、第13回オリンピックは実現しませんでした。
また、敗戦国の日本は戦後初めて開催された1948年の第14回ロンドンオリンピックへの参加が認められませんでした。
この決定に不満の田畑政治(阿部サダヲ)を始めとする日本水泳連盟の関係者はロンドンオリンピックと同時期に日本選手権水泳競技大会を開催しました。
1930年に完成した明治神宮水泳場(神宮プール)を戦後改修し、ここで日本水連は日本選手権をロンドン五輪の水泳競技決勝と同日に開催したのです。
そこで、古橋廣之進(北島康介)は400m自由形4分33秒4、1500m自由形で18分37秒0を出し、ロンドン五輪金メダリストの記録および当時の世界記録を上回ったのです。
さらに、同年9月の学生選手権の400m自由形では自己記録を更新する4分33秒0、800m自由形では9分41秒0を出しこれも世界記録を越えました。
残念ながら、これらの記録は日本が国際水泳連盟から除名されていたため公式な世界記録としては公認されなかったのでした。
しかし、非公式でも敗戦直後の日本人には「世界記録」を連発する古橋は国民的英雄でした。
いだてんに北島康介さん出演へ 古橋広之進役で初ドラマ https://t.co/CV0IyHMpOp
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) August 9, 2019
「フジヤマのトビウオ」
オリンピック開催の次の年の1949年6月に、日本の国際水泳連盟復帰が認められ、古橋廣之進ら6選手は8月にロサンゼルスで行われた全米選手権に招待されました。
古橋は400m自由形4分33秒3、800m自由形9分33秒5、1500m自由形18分19秒0で世界新記録を見事に樹立しました。
この偉業を取り上げて、アメリカの新聞では「フジヤマのトビウオ」(The Flying Fish of Fujiyama)と呼ばれたのでした。
@USNatArchives 主催の #ArchivesHashtagParty に参加しています。画像はサン報道写真(8/12/1949)、古橋広之進をはじめとする水泳選手団がロスアンゼルスで開催される全米選手権に出発するところです。#ArchivesSquadGoals pic.twitter.com/8EipT6WXyM
— ゴードン・W・プランゲ文庫 (@PrangeColl_jp) August 4, 2017
古橋廣之進を演じることについて:北島康介のコメント
第40回/10月20日放送予定の「いだてん」に登場の北島康介さんはNHKの番組サイトにこのようにコメントしています。
「ドラマ出演のオファーがくるとは想像もしていなかったので驚きましたが、古橋先生の役ということだったので快くお受けしました。
古橋先生は僕が初めて代表入りしたときの会長でいらして、選手の僕たちをサポートしていただきました。
おそらく僕が古橋先生のことを直接知っている最後の世代で、古橋先生から厳しいお言葉だけでなく、水泳に対する思いやここに至るまでのお話を聞く機会が多くありました。
僕より下の世代やこれからの水泳界・スポーツ界に、古橋先生がこういう人だったんだということを少しでも伝えられたらと思います。また、来年の東京オリンピックに向けて、自分自身も水泳の歴史を知るきっかけになってありがたかったです。
泳ぐシーンの撮影では、昔の泳ぎ方を少し真似まねしながら泳がせてもらいました。
古橋先生が泳いでいる映像とは状況が違うのでそのあたりが少し難しかったですけれど、楽しく盛り上げていただいて良い時間を過ごすことができました。
できあがりが楽しみです。」
何も犠牲にしてません。
何かを犠牲にしてたら、
続けることなんて無理です。
ただ泳ぐのが好きだから、
できただけです。
(北島康介) pic.twitter.com/w6DkXrX02R— 感動のアスリート名言集! (@athletes_kando) October 7, 2019
古橋 廣之進の職歴
1957年 – 日本水泳連盟常務理事
1968年 – 国際水泳連盟理事
1976年 – 国際水泳連盟副会長、アジア水泳連盟会長
1977年 – 日本水泳連盟副会長
1985年 – 日本水泳連盟会長、ユニバーシアード神戸大会事務総長
1990年 – 日本オリンピック委員会会長
1990年 – アジア水泳連盟会長 (1996年まで)
1993年 – 日本学生トライアスロン連合会長
1994年 – 広島アジア競技大会組織委員会会長
1995年 – ユニバーシアード福岡大会組織委員会副会長
1998年 – 長野オリンピック冬季大会組織委員会副会長
2000年 – アジア水泳連盟会長 (2008年まで)
2003年 – 日本水泳連盟名誉会長 (没後まで)
2008年 – アジア水泳連盟終身名誉会長 (没後まで)
今日は「古橋広之進先生」のところへ。小学生の【とびうお杯】です。 pic.twitter.com/0UUnRi1Flh
— 萩原智子 OLY (@swimmerhagitomo) July 31, 2015
戦後日本のスポーツリーダー
古橋 廣之進(1928年9月16日 – 2009年8月2日)は職歴を見ただけでもいかに日本の水泳界のみならず、戦後の日本スポーツ界全体を支えてきた大きな存在だということが良く分かります。
日本の現在の水泳界のリーダー的存在の北島康介さんがどう「フジヤマのトビウオ」を演じるかは、こちらこそ楽しみですね。