マラソンを見る人でもする人でもご存知の公務員ランナーの方いますよね。「川内 優輝」さん。

あの方は名前の通り「公務員」なので日常業務が結構たくさんあり残業もされているそうです。

ですから平日はなかなか走る時間が確保できないって話しているのを聞いたことがあります。

でも彼は日本を代表するエリートランナーです。

なぜ走り続けられるのでしょうか?

本人曰く、マラソン大会を練習台にトレーニングしているからだそうです。

確かに彼は一時期毎週各地のマラソン大会に出場していたように思いますが沿う意味合いがあったんですね。

そこで大したエリートランナーでもないせいぜいサブ4でマラソンを完走できるくらいしか取り柄のない人間が連続してマラソン大会に出場したらどうなるのか。

実際にマラソン大会でトレーニングは可能なのか実践したので興味があったらお読みください。

 

最初は10月最終週

もともと私は意地汚い性格をしておりまして、マラソンを走る前の年に大けがをして、1年間マラソン大会に参加できないということがありました。

その時「出れなかった分は来年まとめて出場して帳尻を合わせよう」って思ったんですね。

そこに例の公務員ランナーの話を聞いたので「これは一石二鳥」と思い、本番となりました。

最初のレースでもあり一番思い入れのあるレースだったので1年ぶりのレースでしたが何とかサブ4で完走できました。

しかし問題はここからで体中のエネルギーをすべて出し切ってしまったのか、レース後全く疲労が取れない状態になってしまいました。

正直、階段の上り下りも苦労するレベルでした。

ですので翌週に控えたマラソン大会に向けた調整などできるはずもなく、練習もできないまま本番に挑むことになりました。

 

2戦目、11月1週目

そうはいってもさすがに棄権するわけにもいかなかったので、本番当日には何とか走れるまで回復させました。

そして本番当日です。

先週は知った割には体調も良く思っていたよりも走れました。

ですのでこの時は「やはり先週のフルマラソンが力になっているのかもしれない」なんて思ったりもしました。

しかし先週走ったコースに比べ、起伏が激しいコースだったこともあり、タイムは伸び悩み、4時間9分でのゴールとなりました。

当然この時も先週同様、足が棒のようになってしまいその週はまともに仕事すらできませんでした。

練習もできません。

このくらいの時は「なんて馬鹿なスケジュールを立てたんだ」と思うと同時に例の公務員ランナーは「ありゃ化け物だわ」って思うようになっていました。

 

3戦目、11月2週目

3戦目ですが、もう正直この時は大会当日が憂鬱で仕方がありませんでした。

というのも、歩く分には問題ないが、走ると痛みが残る状態だったからです。

ただもうこの時は走り切るしか頭になかったので、サブ4など全くできる自信はありませんでした。

その予感は的中し、走って早々15㎞時点で全くペースが上がらなくなり冷や汗が出てくる始末でした。

早く走れなくなり途中の給食もなくなっている有様でした。

(今までは経験したことなかったのでびっくりしました。それ以後はなるべく給食を食べたいがために早めに走るようにしています。)

結果、完走はできましたが歴代ワーストの記録で4時間45分となってしまいました。

 

次の準備のはずが

3戦目を走り終えた後の次戦は12月2週目と1か月後だったので本来ならしっかり準備ができるところでした。

しかしこの時は3戦連続フルマラソンの後遺症かダメージの蓄積なのかわかりませんが、ろくな練習やメンテナンスが出来ませんでした。

結局12月2週目までろくに走れませんでした。

 

4戦目、12月2週目

4戦目は疲労こそある程度回復していましたが、ろくな練習をしてきませんでしたので初めからあきらめモードでした。

ですのでこの時は最初からペースを落とし、周りの景色を楽しみながら完走を目指すファンランとなり,2最初の目的から大きくずれた無いようになってしまいました。

そういうことですので楽しみながら完走はできましたが、タイムは4時間35分でベストには程遠い内容でした。

 

4戦走ってみて

約1か月半で4回マラソンを完走いたしましたが、一般のランナーにとってメリットはほぼないです。

ファンランで観光代わりに走られる場合はメリットになるかもしれませんが、タイムを意識しているランナーの場合、しっかり練習して1シーズンに数回レースに出るほうが効率がいいと肌で実感しました。

いかがでしたでしょうか?

私はそれ以来フルマラソンの間隔は短くても1か月近く開けております。

無理のない程度にレースを組み込んで自分なりのマラソンを楽しんでみてくださーい。

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